リベラルの軽さ

リベラルって言葉が気になっていた。
「あの人はリベラルだ」といわれるのを聞くと何となく心地良い響きを感じるのと同時に何となく胡散臭さも感じる。最近は胡散臭さを感じる方が強くなってきた。
元をただせば自由主義(リベラリズム)を信奉する人がリベラルな人という事になるのだが、現状では中道左派、政党で言えば民進党という事になりそうだ。
リベラリズムの流れをくむので中道でない共産党や社民党は入らない。
民進党の中にも自由主義を感じさせない共産党や社民党に近い人が多くいるように感じているが。
次の説明を読んでリベラルのイメージが分かったような気がした。
「国を考えるときに、国家を第一に考えるか、個人を第一に考えるかで、リベラルかそうでないかに分けられます。個人の自由を第一に考えるのがリベラル、国家のまとまりを第一に考えるのが右派や左派です。」

人間はまず自分の事を考える。これは当たり前のことであって、万人共通の話だ。
ところで人間は無人島で自給自足しているのではないので、家族、社会、国家、世界と人は諸々の関係、束縛の中で生きている。ここからその人の外部環境についての考え方やかかわり方の差異が出てくる。
リベラルな人は、個人の自由を第一に考えるので外部環境の代表格である国家は個人の自由を抑圧するものとして否定的にとらえる。
リベラルな人が利己主義という訳ではない。
自分という個人を第一に考えるから他人という個人を自分と同じように大事にすることには理解を示す。
他人からの迷惑を受けたくないから他人へ迷惑をかけないようにする。
つまり自分と同じように他人を尊重する。
外部環境にとらわれないから偏見も無く世界中の誰とでも分け隔てなく接することが出来る。
こう書くと特に問題は無いしそれでいいじゃないかと思うかもしれない。

実際リベラルな人は、左翼右翼関係無くこちこちの何々主義者よりも考え方は柔軟で建設的な議論も期待できる。
偏見も無いから差別も無い。ただ実際にはこんな無色透明のリベラルな人はいない。
自分では偏見の無い無色透明な思考をしていると思っているだけで実際には無意識のうちに様々な色がかかっていることに本人は気付いていないことが多い。
そもそも何の偏見も無い無色透明な思考事態があり得ない訳で、所詮偏見やバイヤスのかかり具合の程度の問題であろう。
リベラルな人は一旦自分の生まれながらの民族や国家や宗教の所謂土着的な特性から離れて、自分をニュートラルな位置に置くことが出来る知能程度の比較的高い人が多いのだが、そのインテリ達が無意識のうちに内包している偏見やバイヤスは無意識なだけに非常に有害な場合が多い。

ここにリベラルな人の浅さ、軽さが潜んでいる。
リベラルな人は自分では何物からも自由で何物からも制約を受けない自由意思で物事を判断していると思っているかも知れないが、人間は好むと好まざるとに拘わらず自身のおかれている歴史的社会的環境の中で計り知れない影響を受けている。
リベラルな人にはこの意識、営々と続く歴史の中にいる自分という意識が希薄で判断力は自分一人で形成してきたと思っているきらいがある。
リベラルな人に欠けているのは何か。保守思想的な感性だろう。
日本人ならば島国という恵まれた地理的な条件を活かして、他国の支配を受けずに世界に誇るべき独自の文化文明を形成してきた先達への尊敬と感謝の念、そのベースを欠いてはまともな発想、地に足の付いた反論に耐えうる意見は出てこないだろう。
諸々の束縛からの個人の解放、即ち~からの自由という事は「~」で残すべきものは何か、また束縛から解放された後どうなるか、自由を勝ち取った後どうなるかは何も示してはいない。
リベラルな人に言わせれば、自由になること自体が目標なのでその後は自由にやるさという事かも知れない。
私がリベラルに対して胡散臭さを感じるのは、「~からの解放」ということは、「~」を単純に否定しているだけで「~」を踏まえてどうするかといった、改善への熟慮が見られないことがある。所謂「温故知新」の精神が薄弱なのだ。

リベラルな人は本質的に政治に対する関心が希薄なので、当事者意識の薄弱な評論家的な発言をすることが多い。
国家との付き合い方というか国家との距離間においてその軽さが出てしまう。
人類は歴史的な変遷を経て、民族や宗教等をベースとした国民国家単位のまとまりの中に世界秩序を維持するに至っている。
誰にも親が存在するように母国が存在する。親を選べないように母国を選べない。
そして大抵の場合その母国の制約の中で衣食住の生活が成り立っている。
つまり、いくら何物にも束縛されない自由と叫んでみても国家による束縛や庇護のもとに日々の生活を送っている。
日本人ならば世界一平和な日本に生まれた束縛という幸運を享受している訳だ。
そして世界一平和な日本という現状は一朝一夕に実現した訳ではなく先人のまさに命をかけた試行錯誤があって初めて可能になったものだ。
リベラルな人にともすれば欠落するのはこういった過去を振り返る意識でこの平和で清潔で自由な日本に生まれた事を当たり前だと思ってしまう点だ。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック