検察のリークに一言

検察のリークについて考えさせられた。
民主党は昨春、西松事件の影響を受け小沢代表は辞任へ追い込まれ、一時はその後に控えていた衆議院選挙の結果にもつながりかけない危機に見舞われた。
その時は麻生首相の過信という敵失もあり、衆議院選挙は民主党の予想以上の大勝に終わった。
今夏に予定されている参議院選挙は政権交代を確定し、官僚支配とコンクリートとによって恩恵を受けていた既得権層に「逆戻りは無い」ことを宣告することになる重要な位置付けにある。
今回の小沢幹事長に関わる政治資金規正法違反の調査は姿は見えないが、既得権層が仕掛けた権力闘争の第二ラウンドの感がある。
「コンクリートから人へ」の政策転換によって、あぶれる公共工事関係者がある半面、子供手当で潤う子持ち世帯がある。
官僚支配の天下りシステムで中抜きの恩恵を受けてきた既得権層には死活問題だろう。
民主党へ銃弾が郵送されてきたとの報道があったが、権力闘争の一端を垣間見たような気がした。

さて、以上の政治状況の中で私が問題視したいのは、検察によるリークの問題だ。
上記の重要な政治状況の結果を左右しかねないのが、検察によるリークだからだ。
検察には捜査情報について守秘義務があることは論を待たないし、いわば常識のレベルだ。
また、捜査中の被疑者が推定無罪なのも常識のレベルだ。
従って、検察は守秘義務を遵守し、口にチャックして黙々と捜査する以外にすることは無いはずだ。
それならば、何故取り調べ中の石川容疑者の情報がマスコミを通して報道されるのだろうか。
推理小説ではよく有罪の決め手として、犯人のみが知り得る情報を犯人が漏らしてしまう場面が出てくるが、取り調べ中の石川容疑者の情報を知り得るのは誰だろうか。
当事者の検察と石川容疑者しかいないのは、小学生でもわかる話だ。
取り調べ中の石川容疑者の情報がマスコミを通して報道されるのは、検察がリークしているからだというのは分かりやすい結論だ。
普段は斜め読みしてしまう報道記事を読んでみると、報道記事はリークの塊であることが分かるし、リークが無ければ記事が成り立たない事が分かる。
当たり前のことだが、容疑者取り調べ状況の記事において取り調べ状況を被疑者以外で唯一知り得る検察が口にチャックをしていたらマスコミは書くべき中身が無くなってしまう。
以下の例を読めば、報道記事がークの塊であることは明らかだ。
(アンダーラインはリークが無ければ書けないと思われる)

土地購入 小沢氏の立件視野 東京地検 虚偽記載認識か
1月22日7時57分配信 産経新聞

 民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる政治資金規正法違反事件で、衆院議員、石川知裕容疑者(36)が東京地検特捜部の調べに、土地代金の支払い後に不必要な融資を受けたことについて、土地代金の原資を隠すための偽装工作だったと認めたことが21日、関係者への取材で分かった。特捜部は、小沢氏が融資までの一連の行為に関与したことなどから、政治資金収支報告書に原資を記載しない意図を認識していたとの見方を強め、小沢氏本人の立件を視野に捜査を進めているもようだ。

 特捜部の調べによると、石川容疑者は、陸山会が平成16年10月に東京都世田谷区の土地を購入した際、土地代金の原資4億円を収入として収支報告書に記載せず、土地代金約3億5千万円を支出として記載しなかった疑いが持たれている。

 関係者によると、石川容疑者は調べに対し、小沢氏から土地購入を指示され、資金が足りないことから、小沢氏から個人資金4億円を借り、土地代金に充てたと供述している。

 石川容疑者は、この4億円を陸山会の複数の口座に分散入金した上で1口座に集約。ここから土地代金を支払った。その直後、関連政治団体から集めた資金と陸山会の資金を合わせて4億円の定期預金を組み、これを担保に小沢氏名義の同額の融資を受けていた。小沢氏側は当初、この融資を土地代金に充てたと虚偽の説明をしていた。

 石川容疑者はこうした複雑な資金移動について、土地代金の原資を隠すための偽装工作だったと認めた上で、偽装工作や虚偽記載の動機について「小沢先生が大金を持っていることを表に出すのはよくないと考えた」と供述した。さらに、「収支報告書は小沢先生の了解を得て提出した」とも説明した。

 ただ、石川容疑者は、小沢氏が偽装工作の意図を知らなかったと主張。小沢氏に虚偽記載の内容を伝えていないとも供述し、小沢氏の関与を否定している。

 しかし特捜部は、小沢氏が土地代金に個人資金を充てたと主張しながら、偽装工作の一つである不必要な融資の関係書類に署名していることを重視。小沢氏が虚偽記載を認識し、収支報告書の提出を了承した疑いが強いとみている。

 特捜部は4億円の原資について、国発注の胆沢ダム(岩手県)工事を受注したゼネコンからの裏献金とみて解明を進めている。

以上の記事は特別の記事ではなく、日々我々が新聞紙上で目にするごく普通の記事だ。
私もごく自然にこのような記事を読んでしまう。
つまり、検察のリークは広く日常的に行われていることで我々もこれに慣れているのだ。

この問題に関して1月22日の朝日新聞に面白い話が載っていた。
紙面によると検察のリークに関して、元特捜幹部は次のように言っているという。
「世の中が思い描くようなリークは特捜部にはない。守秘義務と知る権利のバランスの中で個人の良心から表情の変化で感触を与えるくらいはする。それはリークでも何でもない」。
言い得て妙というか、事の核心はこの辺りにあるような気がする。
この元特捜幹部の言葉は守秘義務を放棄するとは決して言わない中で、知る権利なる話を持ち出して控え目にリークを肯定し開き直っている。
実際、国民の知る権利のために守秘義務を放棄して良いとどこに書いてあるのだろう。そんなものはあるはずがない。

リークの一番いけないのは、恣意的な点にある。
検察に都合のよい情報は流し都合の悪い情報は守秘義務を理由に出さない。
意図的であるかどうかは別にしても、検察の恣意的なリークによってマスコミを通して世論操作が可能な状況がある。
検察ファッショという言葉があながち的外れと言えない感がある。
検察に国民の知る権利への対応が認められているのか定かではないが、仮に認められている部分があるとしても、それは責任の所在が分からないリークという形式ではなく、検察としての公式発表でなければなるまい。
そして、その公表は下手なことをすれば幹部の首が飛ぶ緊張感の中で行われるべきだ。
酒井法子が・・・、押尾忍が・・・、と聞き流してきたが、我が国の今後がその双肩にかかる小沢一郎となると看過するわけにはいかない。

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